父の「終活」~プロローグ~

父の終活
家族写真をジブリ化☆

2020年の春、
私は最愛の父を天国へと見送りました。

私には両親と2人の妹がいますが、
家族皆がキリスト教福音宣教会に出会って一緒に教会に通うようになりました。

しかし、父は糖尿病の合併症から様々な病気を患い、
70歳を過ぎてからは、脳梗塞、さらには認知症も進行し、少しずつできることを失っていきました。

私は当時、実家を離れて社会人として働いていましたが、
そんな父の状況を知り、どうすれば良いか悩みました。

そして神様に祈る中で、
「実家に戻って父の介護をする」
という結論を出しました。

実家で母と共に始めた介護生活は、想像以上に過酷なものでした。
だんだんと会話が通じなくなっていく父。
何度も同じことを繰り返す毎日。
時には突然怒り出すこともあり、夜中に何度も起きることもありました。

もともと小学校の教諭で子供好きだった父は、博学で私たちにもたくさんのことを教えてくれましたが、
そんな面影はすっかり消えてしまいました。

「父が父でなくなっていくような気がする」

いつまで続くかもわからない状況を前に、
私の心は少しずつ疲れていきました。

そして父自身もそんな自分に苛立つのか、私たちに感情をぶつけてくることもしばしばありました。

【思い出した一言】

目の前で起こることばかり見ていると本当につらいだけでしたが、
そんな私にとって力になったのは『神様』の存在でした。


ある時、鄭明析先生に学んだ御言葉の中で
「過ぎた日の経緯を思い出して、神様に感謝しなさい」
という言葉を思い出しました。

「今ある現実がつらい時には、
以前神様が助けてくださったことを思い出して感謝しよう。
そうしたら、その感謝がもっと大きな感謝を生む。
そして過去そうだったように、
今も、これからも助けてくださる神様だ。」

その言葉によって、私はつらい状況を何度も乗り越えることができました。

そして、今また思い出してみると、
父の介護を通して神様がどれほど助けてくださり、愛してくださっていたのか、
もっとたくさん感じられるようになりました。
今、改めて神様への感謝の気持ちを綴っていきたいという思いが湧き、
記憶を絞り出して書いているところです。

もともと私は文章を書くのが得意ではありません。
しかし、この記録だけはどうしても残したいと思いました。
あの時、父にどのように働きかけてくださったのか、私たちをどれだけ愛してくださったのか。
そして、弱く足りない私に現れてくださった神様に、このブログを通しても感謝を伝えたいです。


「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。

【コリント人への第二の手紙12章9〜10節】

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