父の終活①父が信仰をもったきっかけ

父の終活
ひなまつりに父と三姉妹で

私が家族に伝えたかったもの

私は社会に出て働いている時に、妹(次女)から教会に誘われ、聖書に出会いました。

聖書の御言葉を学ぶようになってから、私は

「これは絶対、家族にも伝えたい!」

と思うようになりまた。

そこで妹とも相談し、まだ信仰を持っていなかった両親や三女を教会の企画に誘ったり、教会のメンバーに実家に遊びに来てもらったりして、少しずつ交流の場を作るようにしました。

当時、両親は私たちが信仰を持つことに反対することはありませんでしたが、自分たちには特に必要ないものだという受け止め方でした。

しかし父はもともと、目に見えない世界に関心があったようで、時々宇宙や人間の存在の神秘さについて話すこともありました。

父が見た不思議な光

ある時、家族旅行を兼ねて九州で開催された教会主催のコンサートに行くようになりました。

そこにはゲストとして、韓国の教会の方たちが楽団として招かれていましたが、舞台で演奏が始まると、しばらくして突然父が

「あの人たちから”光”が見える」

「あの輝きはなんだ?」

と言い出しました。父がそんなことを言ったのは初めてで、とても驚きました。

コンサートが終わってから、次女が父に「その光って、あの人たちが輝いている霊の姿なんじゃないかな」と切り出し、聖書に書いてある「霊」の話をし始めました。

すると、一見突拍子もないような話だったにもかかわらず、父はすんなりとそれを受け入れたのです。

聖書を学び始めた父

その後、父がもともと小学校の教員だったこともあり、理科の教員出身の牧師さんにお会いする機会を作りました。

父はすでに定年退職をしていましたが、これまで抱いてきた様々な疑問にも科学的な観点から話してもらい、またその答えが聖書にもあることを話していただきました。

その時から父は聖書を本格的に学ぶようになり、電車で片道1時間以上もかかる教会に通い始めました。

教会には、教員を目指している若者たちもいて、父の教師時代の経験談を聞く機会もありました。

世代を越えた交流をしながら、父は教会の若者たちがとても生き生きと輝いている姿に感銘を受けたようです。ある時、

「この教会のトップは誰なんだ?」

父がこんなことを言い出しました。

「皆の個性が生かされながらも1つに団結している。一体誰が導いているのか?」

「牧師先生がまとめているのか?だったら会ってみたい」

教師として30年以上、教育の現場で働いてきたからこそ、皆の姿が不思議に思えたのかもしれません。

その後、先生の故郷である月明洞の映像を見せた時には

「今すぐ先生に会えないのなら、先生に関する本を読んでみたい」

とまで言ってきました。

しかし、当時は先生に関する日本語の書籍がほとんどなく、紹介できる資料も限られていました。

それを聞くと父は

「こんなすごい人のことを、なんで誰も本に書かないんだ!本くらい出せないのか!」

と、私たちに怒鳴ってきたこともありました。

信仰の道を楽しんだ父

父はよくこのように話していました。

「御言葉は、先生がすべて先に実践して伝えてくださる。

でも、その実践は簡単ではない。到底まねできないようなこともされている。

神様の御言葉と、先生の行ない、そして、教会の人たちも、みんな素晴らしいね」

父は、幼少期から苦労の多い人でしたが、晩年このように教会に通うようになり、

神様やイエス様のことが本当に好きで、楽しく信仰生活の道を歩んでいたように感じます。

「あなたの戒めに従う道にお導きください。わたしはその道を愛しています。」

(詩編119:35)

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