私のいきさつ②ピアノ教師からの転換

私と家族のいきさつ

辞めると決めてからの困難

ピアノ教室が思っていた以上に大きな負担となり、私は教室をやめることにしました。

でも、ただ「辞めます」と言って終われるものではなかったのです。
通ってくれていた生徒さんたち一人ひとりに合いそうな新しい先生を探して、ご紹介しなければなりませんでした。

頑張って探して紹介しても、うまくいかなくて戻ってきてしまったり、
また一緒に次の先生を探しに行ったり…。
思ったよりも、時間も労力もかかりました。

「先生に続けてほしい」
そんなふうに言ってくれる生徒さんもいて、正直、胸が痛みました。

でも、当時の私はもうピアノを心から楽しめなくなっていて、
「苦しい」と感じるようになっていました。
そんな状態で教えるのは、きっと誰にとっても幸せではないと思い、教室を閉じることにしたのです。

ピアノ教室を辞めあとは、思った以上にぽっかりと心に穴が開いてしまったのか、

しばらくはピアノのふたを開けることもできませんでした。

「次の道」を探しはじめる

当時はまだ、神様も御言葉を知らなかった私にとって、このストレスや苦しさをどう乗り越えればよいのかわかりませんでした。

ピアノから離れて、私は「次の道」を探し始めました。

当時の私の気分転換は、なんとツーリング。

父のバイク好きの影響か、私も16歳で二輪免許を取っていました。

アルバイトをしてバイクを買い、友達とあちこち走り回っていたのです。

今思うと、あの時の私は、自分の命の価値なんて考えてもいませんでした。

ストレス発散のつもりでスピードを出して走ってみたり、遅くまで無茶して遠出したり…。

友達と「いつか愛車に乗って日本一周しようね」なんて、友達と話したりもしていました。

思いがけない出来事

そんなある日でした。

いつものようにバイクを飛ばしていたのですが、その瞬間
気が付いたら私は、病院のベッドの上に横たわっていたのです…!

周りでは、医師や看護師、そして両親がいて、私に一生懸命話しかけていました。

…そう、私は大事故をおこしてしまっていたのです。

私のバイクが大型トラックと衝突し、バイクは原形をとどめないほどにぐしゃぐしゃ、

私は大きく飛ばされ、ヘルメットも割れるほどの事故だったそうです。

そのまま意識を失い、私は救急車で運ばれたのでした。

このときの私はまだ、命が助かった理由を知る由もありませんでした。

続く…

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